新編 不穏の書、断章 (平凡社ライブラリー)

素晴らしい省察ですね。初めて読みましたが、こういう風にわれわれの日常を表現してくれる作家がいたとは。共感した断片を3点引用します。死は、道の曲がり角。死ぬとは、姿が見えなくなるだけのこと。ただ考えない者だけが結論に達する。考えるとはためらうことだ。行動の人は決して考えない。ひとは一般に未知のものを既知の概念で色づけする。たとえば、死を眠りと呼ぶのは、外部からは死と眠りが似ているからだ。死を新しい生と呼ぶのは、死が生とは異なるものに見えるからだ。このように、現実との小さな誤解によって信仰や希望が作られる。幸せごっこを演じる貧しい子どものように、お菓子という名の、固くなったパンの皮を食べて生きているのだ。しかし、人生とはみなこのようなものだ。少なくとも、一般に文明と呼ばれている特殊な体系はこのようなものだ。文明とは、事物にふさわしくない名前を与え、その結果で夢見ることだ。この偽の名前と、本物の夢が一緒になって、新たな現実を創造する。事物は実際に別のものになる。かれは小企業の5人ほどの事務所で簿記の仕事を地道にやっている。社長は快活なやり手のヴァスケス氏である。搾取されているには違いないが、大企業で搾取されているより良いという。彼の社長は毎日接することができる頼りがいのある親分である。大企業は、人間同士のつながりがない。「皇帝の目には、その帝国は平原に過ぎない」（p.155）。その結果、カルロス・ゴーン氏にとって、みずからの偉大さを確かめるには、獲得した金額の多寡だけが指標となる。こういう感覚において、大きな共感を覚える。